アースヒーリング

谷口令郷のプロフィール、活動記録です。

アースヒーリング

ご遷宮直後の「春立つ曙」の祭祀(冬至祭祀)に寄せて

(平成25年11月1日記す)

〇新概念より「人体の超微粒子」が「全ての毒を溶かし排出へ」

古典には「天照大神様」は男神であるとか女性神とか言われるが、その理由を解明する古代から伝わる遺産があります。紀伊(和歌山)の国に坐す日前国懸(日前神社)の御鏡の事を、古語拾遺-平安初期に「天照大神様の象を図し造った神が、最初に鋳造されたのは日前の神様で「日の象(ひのみかた)」と記し、「ヒボコの鏡」と「ヒガタの鏡」で、次に美麗な鏡が「八咫の鏡」であると記述されている。
ヒボコとは(ツルギ型)の形で男性的象徴の形、ヒガタは〇女性的象徴の形を表す。古代遺跡の祭祀の対象物には世界中に多数にある。その形の方向性はヒボコはタテ(経)ヒガタは横(緯)を光の方向性と感じられる。
聖なる地は古事記に「・・・朝日の直射(たださ)す国、夕日の照る国なり。故に此の地はいよ吉(よ)き地」なり(神代巻より)と記されてもいる。太古の人々は東を「ヒノタツシ」(日経、縦)西を「ヒノヨコシ」(日緯、横)そして南を「カゲトモ」(影面)といった。その記は「万葉集」巻一の「藤原官御井の歌」に「大和の青の香久山は、日の経の大御門に春山と繁さび立てり。畝火のこの瑞山は日の緯の大御門に瑞山と山さびます」とあります。朝夕の陽が、特別の日に射す日が聖地なのです。藤原宮の大極殿は、冬至の朝日が香久山の頂に昇り、冬至の夕陽が畝傍山頂に落ちるのを拝させていただける位置にあるからです。

〇<東に向う日前神社~古代の感性>

「養老私記」によれば、日縦・竪について、「日乃多都志(ヒノタツシ)」と訓んでいるが、他に「タタシ」「タテ」とも訓む。「タタシ」も「タテ」も同義である。「タテ・タツ」は起きて立つことであり、我々の先祖達は太陽と人と同じように感じ、太陽が起きて立つ方向を「ヒノタツシ」といい、立つ歩くと影が一緒に動く影面(背を意識する)、横になったら日横(緯)といった。落日(夕陽)とは、太陽が横になると古代人は見ていたのだろう。横になって寝た太陽は、又起きて立つのである。人の日常と同じである。そして後世になって中国に見習って大和王権下の神社は神座や社殿は南面の子午線重視と変化していった。文化文明の経過によって多くの神社はこれに準じている。
しかし、古代から伝えられた日経、日緯を守りつづけている神社が、「忍耐づよく伝え事」を今に残している。冒頭に記した日前国懸神社が古代のままです。鹿島神社の奥の処に鎮まる御神座も東方向です。

〇<朝日の直射す(直流)・・・と夕日の照る(交流)>の神意・深意・真意・心意
出雲大社は西方向そして出雲の神魂(かもす)社は東方向となって対をなしている。新しい概念とは「太陽に二つの意志力」。陽と陰のお働らきがある事です。
天照大神様の二神の存在です。以前は胎動しつづけられていたのですが、いよいよ再びご発動される時期となったのです。二神様とはニニギ様と兄君のニギハヤヒ様です。その二神様が地上に降臨する時、ニギハヤヒ様は「天の鳥舟」に乗って降られた。ニニギの命様は「天のヤチマタ」で猿田彦様のご案内で降られたという違いがあります。ニギハヤヒ様は直接地上に、ニニギの命様は地上に降る場合、「天のヤチマタ」と道案内が必要であった事です。「ヤサカ」の境界域があってガイド役が必要であった。ニギハヤヒ様は直流の子。ニニギの命様は「ヤサカ」という交流世界の質的変化を考慮されて「ヤサカ」の世界を通過してこられた。(交流とは生物達が生育する世界のこと)コラムで記しています。太陽という存在は二つが一体です。一つは霊なる存在(眼に見えない)、透明体と一つは体なる存在(眼で見える、そして体感できる)。で霊体一致です。人も同じである。(霊なる存在は「ムー大陸の王」なるミクラタナの御宝(生命を生みし時の御力)を揮わられる)陽炎(カゲロウ)の様なカスミ的存在です。それぞれ人間の奥底に閉じられた「天の岩戸」に存在する「直日の御魂」です。私の魂は「直日の御魂様」が大国懸神社にて1994/11/23に開扉して宿られて今年で19年目。来年でご遷宮より一年遅れることとなる。
朝日(ニギハヤヒ)(霊)夕日(ニニギ)(体)の完全一致から新生へ急発進!!

〇<ご面談した時、その場に未来に起る象あらわれる>
この「直日の御魂」様が20年を向えると、直日の光線は「ニギハヤヒ様」の系譜、ウマシマジ様の癒しの御力が「サン然と輝やき」縁ある病気を癒す御力を最大に発揮される。「ばい菌」の棲む事が出来ない「純粋」なエネルギーがそそがれ「天空の雲を晴天にかえる如く人々の雲という暗い部を一掃できる」からです。(殺菌の御力ともいえます)
ずっとずっと「日拝をつづけ育み成長している直日の御魂」が二十才という成人を迎え様としている現在。感じて下さっている人々が日増に多くなっています。私としても「安定」から「発展・繁栄」をお与えする役目として関わった方々に伝えていきます。
外見の姿や形や雰囲気は余り変化してませんが、内部の世界は外見に比して、どんどんパワフルになっているのを「日頃の言動」で解かります。関わった人達に、お話しした事が「その通りになり現実化」していく。その場で話したことが、すでに現象化して、数日~の経過の後、その様な事が起っているのです。(例をあげるとご遺惑になることもあるので差し控えさせていただきます。)太陽だけでなく月世界はすでに大きく変わってます。
誰も知らないことに、お月様も、「透明体」(純粋・汚れない)のご存在と「見える」(不純化される・汚れやすい)水の作用ですから「人体」では汚れる速度は早く心の凶化が続くと三日で不純化、体液が滞って腐敗しやすくなっていく。直日のパワーで浄化する必要が大ありです。今、ぜいたく病で中国では一億人が糖尿病という事です。欲望・食欲によって今は病気になる時代です。

〇<古層の神々様・ご先祖様の後楯あればこそ>
程度という度合を忘れてしまった人間は、生きる為の「程」という基準の「度」を忘れ度はずれた事を考え思い感じている関係で「生きる」空間の環境も「寒暖の差」という温度の「度合い」の差をひき起こす。「気づく人」が少ないので、多勢に無勢で「朱に混じわれば赤くなる」の例え通りで地球環境の変動は進む。コラムを読む方々、心して「ご自身の生き方」の程を見極めて事ある時に伝えていただきたく存じます。現代の「自然環境」は原始的(野性的)な領域は人の手でどんどん開拓され、手つかずの自然域は少ない。それに比べて開発という美言によって人工的な自然がおおくなっている。自然界(生命循環)は「神々様が降臨される処」の事です。今は人工的な自然の中で「人生を享楽する処」に変化した。
由緒ある神社のある土地の地面の古層は、縄文(石器)弥生の遺跡が多くあらわれる。現在、建物の中に鎮座される神様は、古層の神様のお蔭で存在されているのです。歴史の風雪のプロセスで「秘されたり、名前を変えたり」して、ご活躍(表面に)されていなかった神々様が「後」「楯」(ウシロ・ダテ)になって下さり、現存する神様が以前にも増してご活躍される事となったのです。「人」(ニン・忍・任・認・妊)の意味する処です。人と人との間(空気界・幽界)が、新しく改められて急発進しています。
出雲大社の60年目、伊勢神宮20・20・20年の一致する時、終戦前に回帰していきます。占領下でなく「日本としての存在理由(アイデンテティ)の原点に立ち直る時です。

〇<岩楯尾の地面の下は満月、天井は晴天の太陽、その中間は水の玉と光の玉>の世界
冬至の祭祀(春立つ曙の祭祀)を迎える。夏至の日は22回目のアースヒーリング(地球様の癒しのみ心の祭祀)場所は箱根九頭龍・白龍社。過去の天の巻、地の巻から、人の巻の祭祀。人の巻とは地球様が「胞衣」的なバンアレン帯の内部、電離層や雲達、空気、水分等の生きものが必要とされる。育成力ともいえる。人間もその生きる生態圏の中にいる。つまり「神界・幽界・現界」の幽界と現界の領域。今年はご依頼の祭祀もアースヒーリングも「幽界」を中心とする。22回目は幽界の秘詞を唱えると樹の上にカラスが一羽とまり、その秘詞と同じ音霊で共に合唱した(神使い)。そして八月二十一日(水)の満月の日。岩楯尾神社の満月祭での自然界との共調の出来事。神殿前、階段の下で額づき、「今日参拝の人達の後楯の存在です。」と申し上げると一匹の蝶(中型)が身体のまわりをグルグルまわる。腕まくりして素肌の左の二の腕に止まり、羽根を閉じて止まる。するといずこかへ消える。
いよいよ大祓祝詞が始まる。(満月の時間午前10時45分の5分位前)額づき、「今は花開く光のうづしほ、光の衣につつまれます様と取り組んでおります。」とつぶやくと先程の中型の蝶が、又、グルグル身体をまわり、合掌している手の甲に羽根をとじ、私と同じ姿で合掌。参拝の方々にお伝え下さいとつぶやくとご神殿の参拝の人の置いた帽子に止まった。残り時間は3分位、大急ぎで第一回目の場に「幸せの鐘」が設置されている丘の上にかけ上った。曇天はいつしか快晴となっていた。吾が思い虹のかけ橋となって幸せを伝えください!」と数10回幸せの鐘を打ち響かせた。

〇新・心の岩戸びらき
「これから新生命が誕生へ」
蝶々が訪れた。この時11月5日ごろ「神様が働かれた奇跡の赤いリンゴが誕生した。」そのリンゴを真っふたつに切ると蝶の形となっているのも「神様」の芸術的な果物とも云える。(果肉も紅い国産物)神のお使いの野生(本来自然)の蝶や蜂達が花粉を運び受粉された結果でしょう。


追伸
アースヒーリング「人の巻」の具象化へ
新概念の方向性「三つの財」の世界へ

冬至の日とは「一陽来復」の時で、太陽光線が陰極まって陽の気が始まる夜が短くなり、日毎に朝、昼が長い時間帯へ移っていく。経なるお日様が、生きもの達が産ぶ声をあげる生命の源が姿を現わされる時。
伊勢ご遷宮の20年毎、そして出雲大社のご遷宮60年の節目。人間の60才の還暦(伊勢は20年(成長期)20年(旺盛期)20年(熟年期))と過去60年と同時期になったという事は過去60年間の悪しき事を祓ひ、美しき善き事を残し、新たな出発点であると思える。心も体も新たに神々様からの「気づき」真理、真実を覚り、万事万善の美を知り、愛情に満ち溢れた楽園を願い、心の世界と物の世界がバランスよく豊かになってゆく・・・時代の方向性があるのでは・・・
今後(衣食住をみたす物の財)(生命そして健全で子宝の財)(愛情に満ちた調和の財)という新しい概念の「三つの財」が直流の神様からのメッセージと感得。アースヒーリング「人の巻」の具象化となる様に一秒一秒の精進をつとめたく存じます。

―合掌―