アースヒーリング

谷口令郷のプロフィール、活動記録です。

アースヒーリング

アースヒーリング <冬至・夏至に「白玉の道」(純真思想の伝承の地)>

その年その年。夏至、冬至の年二回の祭祀ごと、夏至の日は「地球様の癒しのみ心」(アースヒーリング)冬至の日は「春立つ曙の祭祀」。夏至は「陽から陰」冬至は「陰から陽」への移る転換点。神仙の語られた「一炉融解」。過去からの歴史の悪習の道中で汚濁せる五教の古き悪しき教えを「一つの炉に入れて燃やしとかす」。根源なる「純粋思想」に近づく時代がおとづれる。神仙の言葉が魂に息づいている様に、アースヒーリングを24年目になる今も想起される。「罪科」がないのが、かつての神の道、カムナガラの道とも言う。
年2回の祭事を執り行う場で、カムナガラの面影をかいま見る機会が与えられる。沢山ある中で代表的な場は「熊野」そしてオキタマ社沖の「神島」です。
手つかずと言うか、必要範囲の自然を開拓し、保護する事を条件とする「聖地」。神代は「罪科のない、純真思想」の「白玉の思想」があった。その白玉の世界が、祭祀ごとを通じてめぐり合えた「熊野」「神島」にあった。その風土に連綿と伝わっていた。(地は知っていた)
先人の伝えごとに、現代の地球が「高天原」といわれた時代「ムー」(ミュー)大陸の時代。み位いの高い御座を持たれた神子が三王子おられた。その方々は日本と印度に来訪されたとされる。日本に来られた王子をニギハヤヒの命と呼ばれ、又、三種の神器を持たれ、来られた王子をニニギの命と呼ばれ、インドに渡った王子をラムゥと呼ばれた。

<ムー大陸より伝わりし、宝珠のパワー>
ニギハヤヒという方は神話では火の神(ヒノヤギハワヲ、別名ヒノカガビコ、別名カグツチ)の魂を持たれた方。去年の9/26の日前国懸神社で「アマテラス大御神様の前魂のカガミ」(ヒボコ・ヒガタのカガミが発動され顕現される)。地球世界の王の御魂(大元の御魂の神)の中枢生命を持たれた方です。ですからこの神様をお呼び申し上げる時は、「天照国照天火明櫛玉ニギハヤヒの命」です。ニギハヤヒの命は、ムーの高天原を船出して、紀伊半島の或る島に上陸。その島で「アースヒーリングの祭祀」確か20回目だった。この地の人達は、太古から元日の早朝、海にはいって朝日を迎える行事が今もつづいている。これは伝承されてきた遺伝情報が無意識の習慣となって、ムーの高天原を遥拝していると思える。三人の王子は、船の帆台として積んできた船玉石を熊野の聖処へ鎮めた。20回目のアースヒーリングの時、この聖処を訪れ、神迎えさせていただこうと足を踏み入れさせて頂くと、「聖処は白玉の石が敷きつめられ、それらは綺麗に洗い清められ、ツルツルでピカピカ」禮を尽くし、お祈りさせていただく。ガイド役の運転手さんも、「初めての感覚でした、スッキリとと洗い清められました」と満面の微笑をたたえられていた。
(この地は、野球界の横浜DNAの前身、大洋ホエールズ初優勝を導かれた秘話がある)「神代の宝珠」が地中深く鎮まり、そのエネルギーがボールに乗り移ったという実話。(略します)

<常世の敷波寄せる沖の島々>
ニギハヤヒの命は「アマテラス大御神様」の八咫のカガミの前魂を働かせる神様。地球生命様(大元の御魂の神)の王。父の魂を持たれたご尊体(霊統系)。
この方に対してニニギの命様は肉体(血統)の後継者として、万世一系を守られ、他から汚れた血や異質の血が入る事は許されない。それは次節到来(神定め)がくるまで、ニギハヤヒの命の王の御魂を受け入れられる肉体として清め保っていなければならない。ですから神の命を守る人達を身近に。そして自分自身を思わず、万人に対して分けへだてなく、アマテラス大御神様のみ心(教育勅語的)を具現され、何時も「不動心」で清らか水の状態でなければならない。しかも、いかなる不祥事が起こっても、全てご自身の罪として一切を背負われる。他を責める事も自己を弁解することもなく全てを受け入れられた。それが皇の道(中今の道)白玉思想なのです。
聖処は変わる。心に残る白玉を敷きつめられた聖処。それは平成21年の冬至の祭祀の聖処、「常世の敷き波寄せる伊勢のオキタマ社沖の「神島」です。倭の姫様が伊勢の海の沖を眺められ「アマテラス大御神様」(太陽神)をご遷座された。沖の「神島」の隣に「答志島」があり、この地の「みたらしの松」は「龍神松」とも言って有名です。(オキタマ・夫婦岩の祈りでは海中より(ご神体)からの噴水が湧き上がる 2006年12月)

<法律のいらない神島>
誘われる様に2009年12月の冬至の祭祀は「神島」で執り行った。この地は文豪 三島由紀夫の純文学「潮騒」の舞台となって、若い男女が自然豊かな環境の中「素朴」「純真」。恋する事が互いの思いを綺麗な心情で綾なすスピリチュアル的(心の純化)で、待ち焦がれた相手に会えて頬が赤くなるという小説です。
その物語にふさわしく島民達は、「明るく」「正直」で、法律で規制しなくてもいいので「ポリスBOX」はいらない、実際ありません。都会にあこがれる人はいるのか問うと、「この島が大好きで行く気になれない」。全国的に地方過疎化が進んでいるのに・・・・。「この島は非ととのつながりが強く、恵みが一杯だからです。」受け応えられる物腰は上質はお人柄。ポリスBOXがいらない理由が納得できた。若い男女の純情な恋の舞台の灯台に向かう。その前に、神島の鎮守八幡宮へ参拝。その地は眩しく光り輝きを放っていた。晴天の太陽光線に反射して境内に敷きつめられた「白玉の石」サン然と輝く社の前に着く。宮司様のお迎えを受け、お話を伺う。
「境内の白石は島民達の魂の依り魂です。ご神前に行かれる時は白玉の石を歩かれますが、クツを脱がれて素足で歩を進めて下さい。これらの石達は島民の夫婦に子宝が授かった時、海辺の海岸から「白い石を一つ」拾って、ご神前に置いて御礼を申し上げます。ですから気持ちを汲みとられて宜しくお願い申し上げます」

<前魂を働かされる光線一条>
「又、島民達の誰かが病んでいる時は、島民達が一個づつ白石を家に持ち帰って平癒祈願をします」。身体の上中下の調身、そして調息を確認して、素足で一歩一歩。光の世界に参入。心身は「汚濁」が溶け、ご神前での正座の時は「無限の境地」。(今も内宮様、外宮様でもこの座法です)。「ヒの祓ひ」を賜る。
「白玉の神代」の思想に導かれ、祭祀の場、山頂近くの灯台へ歩を進める。全身、全霊を神島のご神気で洗い清められ、島民達のエネルギーを受け頂き、冬至の祭祀(春立つ曙のまつり)を執り行う。
ご用意いただきし、快晴。「太陽神(アマテラス)」が新たな生命を発動される。「真実(マコト)」の神力、「地球様、本来のエネルギーを沸き起こし給え」と祈らせていただく神仕えの姿に、応え給うた。
一条(真実の一本の光)光線が体内に注がれ、体内から外側に逆光として投光化。これは「アマテラス大御神様」の「前魂」様のご顕現を予告するもので「ミクラタナの玉の緒」につながる人達が、今後、数多出現されるであろうことを示しています。それは、外来の精神性(末法の世、最後の世)にない「白玉の思想」「純真無垢」の神の道を目覚める時代になるからです。

<生物達の名前を知り、神々様のご神名を言あげて!!>
かつて太古の伝えでは、神々様の世界は「言挙げせぬ」。言葉で話さずともわかる。沈黙して自らの心を知るを由とされて来た。これが「惟神」(カムナガラ・自然のままに)の由来です。その概念だけ記憶にとどめ歴史を経過して来た。外来の精神性を採り入れながら、自然界も元々の姿でなく、人間が造った自然とに二分割してしまった。自然のままの原自然は触れる機会は少なく、自然(神々様)と距離のある生活。その境界ラインが「里山」という存在。その里山は「生命ある生物達」の住む環境で生命の誕生~成長~回帰の循環をしている。
今「里山」が注目され、その地その地の生きもの達を眺める人達が増えている。
その生物達にはそれぞれ名前を持ち、存在を訴求している様に思える。
古事記には神々様の御名(神名)が数多く伝えられている。現代は自然界を知らない。神々様の神名をご存知ない。「言挙せぬ」を美徳の時代を突破して神々様の神名を「言挙げ」しなければ何もわからない。太古~現代の悪例、悪例は悪霊に通ずる。分断されている道程を古事記(ふることふみ)の言霊を音読することから、神々様の世界を再現させていただくことこそ「神の道」としてなり、地球様もお働らきやすくなられるでしょう。
― 合掌 ―
2015年6月11日 谷口令郷 日目大象