アースヒーリング

谷口令郷のプロフィール、活動記録です。

アースヒーリング

<24回目は神界での大きな分岐点の祭祀>

今年でアースヒーリングは24年目を祭祀ひらいた(現代の言語では終わらせていただいた)。おひらきです。その年、その月、その日、その時という大きな時間枠の「中今の時」。神々様がご用意されている聖処で、日々あるがままの自己が「今の足る日、今の足る時とみ讃えまつる。一日は24時間、四十八音の半分の数。太古、イザナキ様が上の声音24音を歌われ、イサナミ様が下の24音の声音に歌われ、天(ア)と地(ワ)が整えられ、民草は心がゆるみ、言葉の乱れが正された。平げく安うけくの御世がつづいた、とされています。24回目は、大きな神代からの啓示と思えます。大きく大きくひらかれてく分岐点でしょうか。
その予兆は10月26日の国懸神社の例祭日時に訪れた。この神社のご祭神は天照大御神様の前のカガミ(ヒガタ・ヒボコ)のご神体。縁ある人に吉方表を渡しています。日々「中今」の仕えごとをされているプロのカメラマンさんに、吉方にある神社に指定時間に出かけられた。鳥居の前に映った碧青のタテ・ヨコ結ぶ十字形が、クッキリ彩やか構図もさすがプロの腕前だと手を合わせた。いよいよ前の魂の神様のご活躍、今までの日拝法のままで良いのかと、自分の体に声を発しつづけた。私の場合は一般の人と違って「光粒子体」の構成になってますから、「カラダの中の声」に聞くのです。それと平行して数霊(あまつたま)と照合をつづける。鑑定場の藤沢で不思議!?神様が能かれ、シンクロが起こりピタッと音の波動が一致して、新日拝法を授かった。(その状況は略す)。毎日その仕方でやらせていただくと、まだ、あるのかと思える。

<冬至(春立つ曙の祭祀)と夏至(地球様の癒しのみこころ・アースヒーリング)は表裏一体>
永年染ってきた「へばりついた既成概念」の汚れが「ハギトラレル」如く、頭痛、発汗をくり返す、清浄化される(お清め)が始まる。今までと違っての光の源からの発進のように感じた。現在の「アマテラス様」の後楯てをされるご存在が、より強力に能かれる。
冬至は伊勢の聖処で「春立つ曙」の祭祀、オキタマ社に始まり外宮様そして内宮様への参拝は定まったコース。この伊勢の地に足を運ばせていただくのも冬至(裏)夏至(表)も一体として考え24はゆうに越している。瞑黙内観しつづけ、伊勢の地を思い、その場その場で仕えている姿が浮かぶ。
鳥羽の神明社へ御礼参拝(縁むすびに子授けを賜る)、新日拝法での仕えごとに「龍神様」がお出ましになり、滝のような前方が見えない雨の幕。やはり応えられた。翌日、外宮様。内宮様の参拝に先がけて、「二見ヶ浦(夫婦岩)」のオキタマ社への祝詞奏上、先古のオキタマ様が、「内宮様の奥の社」に鎮まりますからです、伊勢に「ご遷宮」される前に「太陽神」はオキタマのはるか海の果てからお姿を現されていた。(その当時は「白玉の思想」時代を現代と思い方、考え方が純粋、今も神島に伝えが残る)
民宿にて「学び修めの集い」(勉強会)と「春立つ曙」の祭祀を執り行い、外宮様への参拝時の「祓ひ清め」させて頂く。参拝時間は鑑定により選ぶ。翌朝、上天気。「音無山」の頂きで「日拝」を済ませ、外宮様へ。先古の神はからう「多賀宮」に参拝を、そして外宮様へ稲穂を捧げ、一同祝詞を奏上するとミトバリ(カーテン)が私達からの神風で神前へ舞い上がり、そしてご神前から神風が舞い戻りミトバリは高く高く上った。そして、その足で内宮様の「おみかき参拝」稲穂を捧げ「おみかき参拝」前にごあいさつ申し上げるとミトバリは急に神風によってご神前へと舞い上がり、「おみかき参拝」のお出迎えを頂けた。
<ミトバリの上る勢いが今までにない力強いものでした>

<月読の神様のお言葉>
そして「月読宮」参拝。12/22は朔(新月)の日、丁度朔時間がAM10時38分。正門鳥居の前には、待ち合わせの人達と合流し奥宮の「イザナミ様」の御前で朔時間に礼拝できた。天ツ神様のアメノミナカの御印たまわり「ミクラタナのタマの緒」つながる吾が身、神通わせ給へと言挙げさせて頂くと、天井から吊り上げられる力と地下から引き上げられる力で跳びあがってしまう程の力がおとづれ、「ヒのはたらきつよく、ミのはたらきつよく、ヒミかけむすび、ヒグルマまわり、ミグルマまわり、新たに新たにかけめぐれ、ツキタツ、ツキタツ、ツキタツ」の言葉が発せられた。―月読大神様のお言葉です。そして、27年の年明けて、1/13の深夜、夢を見る。「広い空間場に一人立っていると天井に玄武様が。手を合わせて眺めていると、その空間に金色とも銀色ともいえる霧状の水蒸気がたちこめる。その霧に触れると自分の形ある身体がドンドン透明化していく。ハッと眼を覚ますと、身体は驚き汗ばんでいた。玄武様といえば、かつて何かの本で「浅間神社」の玄武様を見たことを思い出す。(富士縄文時代の研究もの)北口浅間神社十九回目アースヒーリングの河口湖。その近くの七本杉で有名な河口浅間神社で祈念申し上げ情報を得ようと「いんでん」のオーナーと出会い。「静岡の浅間神社」にそれらしき存在があると教えて頂けた。静岡浅間神社に行き、本殿を眺めると「三重構造」。神、幽、現の象徴する建築物。甲府の浅間と駿河の浅間の深奥の「神々様のご経綸」の謎解きが出来そうに思えた。

<富士の古層がヨミガエリ満願へ>
かつて太古富士神界が中心となって国土が治められていて、その古層に秘め置かれた国の力が発動される。
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こちらの部分は時期が早いのと口述でのお伝えごとなのでコラムでは割愛させて頂きました。
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そして24回目の夏至を迎えるのです。祭場は三保の松原です。この地は三度目です。平成九年、平成十六年、そして平成二十七年ということです。
夏至の前日、静岡浅間神社参拝は前回の「ひとしずくの雨」の啓示の如く、霧雨の中、三層のお社に祝詞を奏上し、奥の社「玉ホコ神社」(国学四聖人が祭られている)。ここでは「太古の知恵が能きます様に」と祈願(余り祈願はしないが既成概念をぬぎすてての知恵を湧きあがらせてもらえればと思い祈願した)。その後、古代の言語がよみ取れる。

<内宮で六月祭の祝詞を奏げ神の通い路開く>
夏至の前日、静岡浅間神社参拝は前回の「ひとしずくの雨」(ミナカヌシのミシルシ)の余韻よろしく霧雨。本殿、タマホコ参拝を済ませ、三保の松原へ向かう。「ミホ神社」につくと、いつしか雨は上がりお日様が姿を顕される。常日頃、修練している「いつもの自分」で深く深く呼吸をさせていただき鎮心し頭を垂れて禮をつくす。「無心・無我」を超える「光の空」の領域でさせていただくと胎内の光粒子が天空へと舞い上がり天女の舞い姿となって神使いされた。
夜、旅館で「学び修めの集い」(勉強会)そして夏至24回目アースヒーリングの祭祀。今後、中なる道、中今が神の通い路となり皇の道(白玉思想)のご復活の時が開かれる主旨を学び修め、24回目は特に伊勢神宮の六月祭の祝詞を捧げまつる。
―いよいよ大元の御魂の神様よりマナカの神しるしたまわりし、天地人、三六九の皇の道、神のかよい路開かれん、秘められし三保の松原の神座より現世に案内の御力みかよわせ給ひ。―略―

千早振(ちはやふ)る 千道(ちみち) 百道(ももみち) 道七つ
中(なか)なる道は 神のかよひ路

早朝すっかり雨上がり、眩しいばかりの朝日。継続の「日拝」をささげる為に三保の松原の海岸にでると、地平線の左側に「お日様」と「富士山」が眼に入った。

<伊勢オキタマと三保の松原のTM>
晴天には。真玉のお日様、地平線の海原はヒの力で揮発されて白雲が湧きいづる。そしてお日様の左側にはクッキリ雄然と高くそびえる美しき御姿「富士山」。世界中の人々があこがれる不二山です。この時刻、伊勢の常世の敷波よせる二見ケ浦オキタマ社の「夫婦岩」の真ん中に200km離れた富士山がお日様の前に影絵の如く映る。20年ぶりとの事です。お日様の丸い輪の約1/3が富士山と重なっている。(右側に)このシンクロニシティされる現象をTM(タイムミラクル)現象といってます。(私の造語です。)
夏至の日に授かった歌が、次の歌です。

「みはるかし、富士のいただき
あせぬぐひ
みみに響くよ
なみうちよせて」

―神様のお伝えになりたいことは、
眼はるかし・・・日常物事を見る眼のフィルター(うろこ)をはずして、
富士・・・不二、二つとない
いただき・・・頂上と「ありがたくいただく」掛詞です。
汗ぬぐひ・・・体内の不純なケガレを除き
みみにひびくよ・・・自分の身とイザナミ様(母神)とピタッと合わせ、大海原から生命の波を送ってくださっています。

<日拝を継続しつづけての体内変容>―アースヒーリングと平行しての修練
2015年9月18日記す
日進月歩という言語、人間は「日の光」と「月の恵み」によって草木が育つ如く、生長しつづける。朝が訪れて太陽光線によって目が醒めて、夜になると目の満ち欠けによって夜はヨコになる。昔人がいう「日」はタテの働き、「月」はヨコの働きといったのも今の人は余り知らない。地球は自転をしながら太陽の周りを公転軌道する。月は自転なく地球の周りを公転する。太陽からは直接的に影響を受ける「無償の愛」ともいえる贈呈です。その愛の枠内で、地球と月は関係し合っている。共存の関係。愛は光そのもの。その光の恩恵を忘れてはいないか。
青年時代、霊的(暗い部分)が周囲の人達に取り巻いているのが見えた。その事によって周囲の人達や身体にも支障が起こる。神道系の名師から「君は見てはいけないものを見ている。」「見えなくなる修業が君の使命。そして光から影を見るように修業されます様に」と導いて下さった。それは古事記にも記されている。「吾は黄泉戸喫しつ」「我を禊たまひそ」です。(黄泉の国の空気を喫ってしまった。そして汚染した。そんな汚れた姿は見てはいけない)
後世の人達に古事記を通じて伝えてあるのです。太陽光に向かうと体が温かくなる。
毎日つづけてみよう。初めは「祓詞(天津祝詞)」を奏げて20分位。S神仙と出会い、日の精を食す法を始める。勿論裸眼です。二~三年継続した頃、出版社の編集長の紹介でI氏と出会い「十言の神咒」を伝授して頂く。(アマテラス大御神様の御名を十回唱える)その秘儀によってしばらくすると、

<裸眼から眼からウロコ・音のヒビキとの出逢い>
裸眼で太陽光線を直に受けている為か涙がボロボロが連日つづく。周囲の人達は「そんな事をしたら眼がつぶれる」「紫外線の悪影響」等々の情報が入ってくる。気持ちはゆれ動く。それでも日拝をしつづけ、ある時、「私の眼はアマテラス大神様の御宝です」「生まれ変わらせてくださいませ」と涙の出る中、お話させていただいていた。
そして数ヵ月後、太陽(お日様)の輪郭がクッキリと綺麗な御姿で澄み切ったカガミになっていた。「眼からウロコがとれる」。神様とつながる眼となり、次々と光から影が見える様に変わった。
当時、占い世界はM師との出会いで、十年間、自然運動の身体操作で鍛えた脳の回路で、超スピードで専科の取得を得て「谷口令郷」の銘を賜った。(正、反、限界の身体操作)。当時、師の著作からの占いを真似てのH女子の活躍は凄じく、師や先輩達は怒り心頭の中、若さ故に「私が先生の世界を世に出します」と出版した。その後、雑誌レギュラー、TV出演、講演会、セミナー、そしてワークショップを設立。そんな時、心に響く「聖音のきらめき」作曲家伊藤アキラ氏の楽曲を耳にする。氏は「ホピの予言」(記録映画のテーマ曲)も作曲され、毎日、日拝と「音」のヒビキに体内は満たされた。彼のスタジオから「喜太郎」氏「宮下富美夫」氏が育った。彼は知る人ぞ知るヒーリングミュージックの先駆者です、第一回のアースヒーリングのテーマ曲を依頼したが、機材が沢山で場所を丈岳山としていたので、かなり大変なのであきらめた。

<日拝で天(日)と吾と地(地球)が放電(アース)化>
その当時、ワークに来ていたヘアモデルのSさんに楽曲をつくってもらい、第一回目の石楯尾神社の裏山の山頂から藤野の山々に祈りつつ音楽を奏でつつ・・・藤野の山々に音のヒビキで「地球様に感謝を捧げさせていただいた。」占いは街占を開始する銀座の和光前から松屋隣の太陽神戸銀行前(現ルイヴィトン)です。この場には、数多くの人達と出逢いました。
アースヒーリングの三回目を執り行い、秋にはある女性が毎日の様に訪れ、今でいうパワースポットへ出かけて写真をとり、その写真に写っている神秘の世界を知る為。「どっかパワーがのある処はありますか?」と聞かされて、「府中の大国魂神社にいってみたら・・・私も一緒にいくから」
早朝府中駅で待ち合わせ、鳥居の前に着くと清らかで澄んだ色の空を見て「大み恵し」だ。無意識といいようない。スーと毎朝つづけている日拝をする。その女性も後ろでされている。5分程した時「凄い!凄い!」「写真に撮っていいですか?」「ハイ、いいですよ」と答える。しかし集中している自分の身体は「太陽エネルギーが膨れたり収縮」している身の内。
眼前には今まで以上のサンサンとした彩輝さ。そして大きな大きな光の珠が訪れ、「頭~胸~丹田」に入ってくる。お腹の中は、収縮と膨張をくりかえし、大きく爆発した感覚(無音です)内心「どうぞ地球様の中芯に通って届けられる様に」と唱えると湧泉を通って地中へ流れた。太陽~私を通して放電(アース)されて地球へ移動した。

<直霊の発動で天地のうたの癒しの力も>
後日、写真をみると一コマ一コマの連続写真で、記しました通り身体の上から下へ、そして地球に流れている。その中の一枚は、お腹が光線のふくらみで爆発!?発光していた。
撮影日を見ると94年11月23日。これは勤労感謝の日。実は伊勢神宮の「新嘗祭」です。天照大御神様に、その年とれた新穀を献餞する日。実は親神(祖神)様とご一緒にお食事をされる日。戦後は勤労感謝の日と名称を変えた。その日は余り祝日とかを意識してなく、「写真の日付」を見てふと我にかえって恐れ多い自分にまで「日の光」を賜ったとしばし有難さに唖然として反省しきりでした。この現象は「直日開き」といって太陽光線の「光領分」が腹中に入って、四方八方へ爆発する現象です。皇の道が私ごとき者にも道しるべをお示しされたのです。当時、アースヒーリングを主催し、その関連からの身体操作~瞑想~ヒーリングをスタジオを借りてさせて頂いていた。
バックグラウンドミュージックとして、当時流行のエンヤや宇宙音や「聖者のきらめき」等々。機械音でなく、人の声の響きもヒーリングに採り入れていた。その中で「直日開き」してこそ本来の音霊の振動で「心体が癒される」。天地の歌を声音を沸きあがらせヒーリングをしていた。伊藤氏の妻君も祐天寺のスタジオにこられ、「天地の歌」と手腕の操作でさせて頂くと「令郷さんは宮家出身ですか?宮中の情況が浮かびます」と申された後すっきり回復された。本来は天皇様のおお歌。直霊のある人のお歌です。

<天地の歌封印の後は伊勢(冬至)にての奇跡)>
余りに失礼になるのではと思い封印することにした(20年位前)
この時点では日拝によって丹田を中心に「光の構成体」に変貌していく。
簡単に列挙します、お許しください。

2005年 伊勢内宮様(現在の正殿)は玉砂利が敷きつめられ、早朝冬至のおみかき参拝前にその場で「お日様をお待ち申し上げている」と何十頭かの鹿が正殿地の隅に集まり、心の御柱の小さな殿に向かって列をなして渡っていく。鹿のおみわたりなのです。
荒祭宮の参拝は、胸が詰って(感動に)、声なき祝詞、ただ「アマテラス大御神様、吾が胸に貫き通し給へ」と音霊として発せられた。その後は、本来の日拝。
お日様(アマテラス様)はグングンお近づきになられて、一瞬きらめく如く輝きを放ち吾が胸を貫く。そして後ろの弟子にもレーザ光線の如く写真にも映っていた。

2009年冬至の祭祀は外宮~内宮参拝後、答志島、そして神島で「春立つ曙」の祭祀を執り行った。その時は、古代の天皇様が、その当時、最高の木材とされていた材質の頭にかぶる笠を用意し、お日様に向って(日拝)の祭祀を執った。(神島については前コラム記述)
その時、その笠と同じ形の光輝体が訪れ、私のヒタイが笠のてっぺんに触れる様に、第三の眼は変容してしまう現象と化した。(相似形の笠とヒタイとつながる光輝体)メビウス状でした。

<光組織に変容した吾がミはイザナミの世界の予兆>
その二~三年後、修練というか使えごとというか、平行して継続しているのは毎月一日の日の明治神宮参拝。(以前は正門前七時だったが、住まいが遠距離となってしまったので八時半)。日拝は毎朝明治神宮は月一回(アースヒーリングの今回まで休みなし、二~三回、時間が遅れたことはある)皆勤という事でしょうか。その二~三年後の参拝後、早朝ですから日拝は思う存分できます。
いつも宝物殿の松の木の下でさせて頂いた。その日は晴天(最近一~二年小雨多い)で、空を仰ぐと鳥達が「カァーカァー」と鳴いている。根元で日拝を始めると、「神宮中のカラスか、その他の場所から来たカラス達なのか沢山、何十羽~百羽近いカラスが、日拝の最中、大合唱!!眼を通じて身体で感じる「お日様」はいつになく青く澄んで見つめつづけていますと日輪のカガミから一条の「エメラルドブルー」のふわふわした「シャボン玉」状の光の柔らかい固まりが、いくつもいくつも頭部を包んで頂けた。(天の浮玉)
私の心と身体は何度も何度も永年つづけている日拝のお蔭げで新しく光組織の構成体に変容しました。(主要な変容はこれ位で他にもありますが略す)
24回アースヒーリング非常に意味ある祭祀です。五十音(正確には四十八音)は或る配列に並びかえて五字(音)づつ並べて立体的な序列にして、二十四音と二十四音とすると、イサナキの音の世界とイサナミの音の世界になるという古き伝え。24回目まではイサナギの世界、これから始まる25回からはイサナミの世界となる。丁度、これからイサナミの世界のアースヒーリングの始まる準備の時です。