アースヒーリング

谷口令郷のプロフィール、活動記録です。

アースヒーリング

平成二十七年十二月二十日発 伊勢のご報告―気づけば精神世界の先導役

<ウ・ツ・スの質的エネルギーが現界にウツル>―伊勢冬至参拝

アースヒーリング(地球様の癒しのみこころの祭祀)を表(現象)とすると、冬至の日の「春立つ曙の祭祀」は裏(潜象)的で、一年周期の表裏一体的な自然の理です。
一般的に「心のふる里」と語り継がれた総産土社として「伊勢内(外)社」は毎年毎に参拝している。行程(順序)をご報告する前に「春立つ曙の祭祀」の祝詞を奏上させて頂く訳ですが、言挙げする前に、思考に、想念に「自分自身」が寄り添える事が参拝を意義あるものになる。
<祭祀の祝詞>―参拝は献餞(お供え)と祭祀は一組です。
掛巻くも綾に畏き、平成二十七年 師走の春立つあけぼののまつり 十二月二十日とくり上げさせて頂き―略―
「皇神等の依さし奉らむ奥津御年を手なひに水わ画き垂り向股に泥画き寄せて取り作らむ奥津御年を八束穂に皇神等の依さし奉らくと宣る。千早振る千道 百道 道七つ 中なる道は神の通い路。
神界、霊界、幽界、清く明らけく通へ開き給へ 椿大社のヤチマタの霊界明らしめたまへる○○○○の神様、猿田彦の命の御力つよくこの現界に「ウツス・ウツス」の言霊の響き亘り、現界人の案内の御杖とならしめ給へ、今、われらが讃える歌、天照大御神様のお歌、「天地の歌」。

<八は霊界とつながり七は幽界とつながる>

一に和し、二に睦び、三に親しみ、五に合わせ、身と身を合わせ、御年のみしるし稲穂をささげ、和の心たおやかに唱えまつるおのもおのもの縁をつらねる遠津御祖の御力ふりしぼり津々浦々地のはてまで鳴り鳴りてヒビカセ給へ
― 一同、天地の歌、合奏上五回 ―

伊勢の地での参拝の始めは「椿大社」から。この神社は20年位前に数回参らせて頂いた。その頃は前のご遷宮(東宮)の時、現在は西宮のご遷宮、新しい西宮のご経綸でもあり、椿大社をスタート地とした。丁度、平成28年は丙申年でもあり、ご祭神は「猿田彦の命様」神界名は、○○○○神様。猿田彦の命様は、記紀(古事記、日本書紀)に記述されている。-概略-天孫ホノニニギの命が天照大御神様、タカギの神様の命を受け、高天原から地上に降臨しようとするとき、「天のヤチマタ」に高天原から葦原中国に至るまで「光(テ)らす神」がいた。そこで、アメノウズメの神様を、その正体を明らかにさせるためさしむけたところ「私は国つ神で、名はサルタビコ神でございます。天孫が天降りなさると伺ったので「先導」としてお仕え申し上げるために参上いたしました」と答えた。又、彼の容姿を「その鼻の長さ七咫、背の長さ七尺余り、七尋と言ふへし。且。口・尻明輝れり。眼は八咫の鏡の如くにして、かがやけるアカカガチに似れり」と具体的に記す。(七の神数理秘される)

<幽界を安静させて霊界の世界へ>(七から八へ)

以上は猿田彦の命様のお役割(使命)そして容姿であるが、数に関係する八・七に意味が深く関わっている。猿田彦の命の「里山」的、里宮は松阪市にある「阿耶訶」に「大耶訶」「小耶訶」の両社です。ここは神々しく古き伊勢の地を想起できる素朴さ。毎年毎の「七福神まつり」も七の数理を表している。今回の「祝詞の道七つ」とつながる。
生命がうまれることは、時間に生まれ、家系に生まれたことです。先祖によってこの世に生み出された生命、七日目の夜の名づけの命名の「お七夜の祝い」がされる。そして、7+7=14日という七にからんだ14日以内に届出します。帰幽された場合は7日以内に届け、七日毎に供養され、7×7=49というように幽界への死者のミタマに対して、現実の人々は七を節目としてご供養されます。

(神道では十月毎で十の数理が基本)。この七の数に余り気づかない現代です。実は幽界は七代に遡るご先祖様やその年代のご供養が未達成の霊が現界と隣接しています。幽界から現界に移りまして現実生活をしています。かくれている処からうつしだされるこの界に「思い残されたこと」「突然の死」で現界に生きているミタマのご供養が現代のスピリチュアルの人達の「するべきこと」。皇祖(アマテラス大御神様のご子孫)の御心を受け継いでられる現天皇様は、戦争の反省とご供養(慰霊)を戦地でされています。現界は幽界のネガフィルムから印画されます。

<ヤチマタは八方の方向性~現実には八方位>

地球上(世界中)で起っている不詳事件は幽界の安定していない想い残したエネルギーと生きている人達の「想念波」が感応同調した事柄(事件)ばかりです。幽界は「言葉」と「想念」の波動の領域ですから、「清浄さ」が想いを固めません。
この世で善徳(善行)をつづけ帰幽されたミタマは幽界の七段の上におられ、その上は霊界で修業されて、神界(天上界)へ昇られる。
先祖に善徳の厚いミタマは現実界を見守り援助されます。
それには順序として七代の祖先の回向供養が先ずされなければ現実生活に反映されません。「道七つ」の意義認識があって「ヤチマタ」各界の境界ラインから昇ることが可能となるのです。その中間帯が天のヤチマタ(神界と霊界)と地のヤチマタ(霊界と幽界)の存在。太古は自分達の祖先神という「祖先崇拝」の信仰が受け継がれていた。
天孫族の祭祀の方法と国つ族の祭祀の仕方が多少違っていた為、国つ族は天孫族の規制の枠の中でしか、おまつりが出来なかった。歴史は仏教伝来により、国が認めた仏教によって国つ族は「仏教」をかくれみのとして、おまつりが出来る様になり、「修験道」が生まれた。その修験道の発生の地は「椿大社」付近からというのは知られていない。
「伊勢一の宮」の名にふさわしく、天孫をうけられたこその創始なのです。
(有名な役の行者(役の小角)は国つ族の賀茂家の出生なのです)

<戸隠山と同じ様に「椿大社」もブレーク>
今年サル年、スワ大社の「御柱際」もある23回目のアースヒーリングの地

伊勢の地にご遷宮された経緯も概要はご理解いただけたでしょうか?
以上は文字による伝達法です。これは視て解釈です。眼に見える世界です。神様のことは眼に見えない「言葉」と「想念」で伝える「口伝」で、何回も何回も聞く。「聞こし召さなければ」わかりません。どうしても面談してお話するのが適切です。現代社会は「データ情報」が余りに多く、頭脳も流動的に働かせることなく収蔵するだけで、何か「ネアンデルタール」型の大きな脳の人類になっている様に思います。
「言葉」と「想念」は幽界と直結してます。過去「不慮の死」又は「この世に残した想い」がエネルギー化して「現実生活」と合致してしまうと「まさか」の事件が起こります。
事件も「家庭内の事件」~「イスラム国の事件」等々、その影響は大きいと思います。

地球様の癒しのみこころの祭祀を24年(毎年夏至)間つづけて、その時、生き生かされている中今で感じ想ったことは、神々様のお知らせとして段々「気づき」目醒めて、ご用意されている大地に祈りを捧げる。その後その地は注目され新たな役割りを果される。
その中で16回目のアースヒーリングの地「戸隠山」はその後、TVで「オーラの泉」の江原さんが紹介したことにより、参加同志から「先生おまつりした時と違って参道は行列です。」と盛況の地となった。今回も「椿大社」は戸隠山のように盛況となるでしょう。
(2月3日節分の日は大相撲で優勝した琴奨菊が豆まき役で報道された。)

<取り組み当たり前としている習慣化で未来から幸オトヅレる>

椿大社参拝後は、二見ケ浦の夫婦岩のあるオキタマ社、その近くに毎年宿泊する民宿がある。夕方でもあるので早朝参拝することにして着替える。窓の外は二見ケ浦を一望できる。
海の様子をみると波が岸に打ち寄せていない。海全体が流れている。よく見ると「うづ潮」が大きくうづ巻いて、うづの中心付近に海鳥が50~100羽位、夕陽にはえて白く輝いてみえる。
中心部に魚群が集まっているのだろう。そのうづが左まわり、エルニーニョ的波動です。地球も今、左まわりの現状なのだと神様から「見せられた」。地上波を右まわりのうづで調整する時代ということを多くの人達に話しています様に顕われた。翌朝、快晴。先ず順序として「龍神社」へ参拝。以前、ご遷宮の前では参加された方が、熊野那智大社の宮司様とご懇意で宮司様用の「ご神水」と「那智のご神酒」をお供えし、戸隠山の龍神○○○○○玉彦の大神様のマナコでこの伊勢の地をカガヤカシメ給へと言挙げ申し上げると「龍神社」の奥がパァーと光が出現した。参加者全員終了後、「余りのありがたさ」に顔は輝いていた。参拝を終え、「オキタマ社」参拝、そして遥拝所、眼前に夫婦岩がある。以前も天拝、地拝の禮をつくすと、海面から一条の水が吹き上がる。海庭にご神体があるのでお応えになったのでしょう。
今回は毎回継続している国つ神様から外宮様そして内宮様参拝。しめくくりは「月読宮」参拝で習慣化している「当たり前」のスケジュールで終了した。今回「当たり前の継続」によって幽界が清浄化され、天上から未来の弥栄がオトヅレるでしょう。

― 合掌 ―